【2020年教育改革から考える】今、親たちに求められる本当の教養とは

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2020年に教育改革が行われるのをご存知でしょうか?

これまでのセンター試験が、大学入学共通テストに代わり、記述式の問題が導入されます。

歴史、地理、理科にも記述式の導入が検討されており、広い知識をもち、かつそれを運用できなければ対応できない問題になります。

つまり、これまでの詰め込み教育から、「自分で課題を設定し、考える教育」「思考力、表現力、創造力」を問うものに変わります。

この制度で目指しているのは、文系と理系両方を行き来できる人間を育成することです。ひとことでいうと、文理融合です。

子どもを持つ親には他人事ではないこのテーマ。

佐藤優さんの「未来のエリートのための 最強の学び方」を読みました。

小さいお子さんがいる方の必読本でした。

ひとことでいえば、「学び方を見直し、大人も学びなおさなければいけない」ということです。

本では、

・大人も学びなおしが必要な理由

・教育が十分でなかったために起きた事例

・文系と理系の区別がなくなる時代への対処方法

 

などが、対話形式でわかりやすく書かれています。

今回はこの本を読んで感じたことを書いてみます。

子どもがいない大人も無関係ではない、2020年の教育改革

教育改革の影響を受けるのは、子どものいる家庭ですよね。では、子どもがいなければ関係ないでしょうか?

本では、最初の10年は試行錯誤がつづくだろうが、制度の運用が安定したら、その後はハイスペックな人材が出てくるだろう、と書かれています。

まず大学の教育内容が変わり、次に高校、中学、最後には小学校にも浸透していく・・・・すると、小学校で新しい教育を受けた子どもが社会にでるのは約20年後。30代、40代の大人にとって、「20年後」に超ハイスペックな若者が多数出てくる、ということは、自分にも関係しますよね。

子どもがいようがいまいが、独身であっても、今回の教育改革による影響の波はじわじわと自分にもやってくるということです。

AI以外の懸念事項:GAFA、移民、年金支給

本の中では触れられていませんが、2020年の大改革以外に、生き抜くために考えなければならないものとして、GAFA、移民、年金問題があるとわたしは思います。

まずGAFA。私たちの生活がもうGAFAなしでは成り立たないといっていいほど、影響力を高めていますよね。GAFAとは、G=Google、F=Facebook、A=Apple、A=Amazonの略です。

You tubeの盛り上がりをみても(You tubeはGoogleのもの)、テレビの影響力が低下し、個人がインフルエンサーになる時代になったことを感じます。苦労して就活してなんとかテレビ局に就職して、、、という時代から、You tubeで人気チャンネルを構築すれば、個人が発信力をもてるようになりましたよね。自分が就活した頃とくらべ、時代は変わった・・・とつくづく感じます。GAFAの影響力を常に念頭に置きながら、今後について考えていく必要があります。

次に移民問題。

2019年4月から外国人労働者に門戸を開く改正出入国管理法が施行されました。現在は、単純労働者に門戸を開く形ですが、今後なし崩し的に、優秀な移民が流入してくるのではないか、と思っています。すると、子どもの将来のライバルは、優秀な移民かもしれません。

そして年金問題。

支給開始年齢が引き上げられ、今後、年金をあてにすることはできなくなります。ということは、生涯現役で、生きていくすべを身につかなければなりません。必然的に、労働収入から脱却する複数の道を用意しておかなければなりません。

大人も学び直しが必要

教育改革だけにフォーカスしても、20年後に優秀な若者に仕事を奪われる可能性が頭をよぎります。

佐藤さんは、「漠然としていたら大変なことになる」と警笛を鳴らしています。ではどうすればいいのでしょうか?

10年計画で自分に足りないところを補う、つまり文理融合の教養を身に着けるために学ぶ必要がある、と書かれています。

この問題は、子どもが大きくなってから仕事を見つけられるだろうか、という不安だけでなく、私たち親世代も避けて通れない問題ですよね。自分たちが長生きした場合、老後について考えておかねばなりません。

また、大企業神話が崩壊した時代に、子どもが時代の変化に対応して生き抜いていけるように教育する必要があります。過去の成功事例をそのまま適用できなくなります。本でも、弁護士、医師は貧困ビジネスになる、と書かれています。実際に、弁護士になったけれど仕事が見つからず困っている人の話はニュースでも耳にしますよね。

親世代が、自身の情報格差に気付かずに、過去の成功事例を子どもに押し付けてしまったら・・・。出口式みらい学習教室を開講された出口汪先生も、教室の説明会でこの点に触れていました。子どもは親を選べないので、親のわたしたちにこれまで以上に教養が求められています。

教育改革は恐怖?希望?

このように書くと、恐怖ばかり感じてしまうかもしれません。

しかし、2020年の教育改革は長い目でみて、とても良い改革だとわたしは思っています。

わたしが学生のころは、大学受験、大学のテスト、薬剤師国家試験、卒業試験、いずれも暗記で乗り切りました。短期集中で試験に必要なテクニックをマスターすることには長けていたと思います。しかし、考えることをまったくしていませんでした。

わたしのように、詰め込み教育に甘んじていた人も、この本を読むことで「学習意欲」がわいてくるはずです。

たとえば、歴史の勉強。

「年号を覚える理由」について、「年号というのは、その前と後で何かが変わったことを意味している」と書かれています。

理解しないとただの数字ですよね。逆に、その年号の持つ意味を考えると、世界史が意味のある学習になります。すると、1つの年号と、別の年号との間にある、関連性について自然と考えるようになります。

このあたりを読んだだけでも、「世界史を学び直したい」という気持ちになりました。

2020年の教育改革では、世界史を例にしても、このように「覚える」から「考える」「知識を運用する」教育に変わります。

子どもを成功させたいと強く願う親御さんにとっては、一見すると、正解といえる対応方法がなく、やりづらいと感じるかもしれません。しかし、小さい頃から、考える、問いを立てる、という習慣を身に着ける教育を受けることは、子どもにとってすばらしいことだと思います。

10年前はスマホがまだ当たり前ではありませんでした。今では誰もが持っていますよね。たった10年でこの変化です。

5年後、10年後にどんな世の中になるかわかりません。そうであるからこそ、子どもに未知のものに対応できる力を養ってもらう必要があると思います。そのためには、まず親世代のわたしたちの意識改革が必要だと感じています。

STAP細胞が生まれた背景

本の中で興味深かったのがSTAP細胞事件のお話です。(STAP細胞事件の詳細はここでは割愛します)。

結論からいうと、

STAP細胞事件の背景にも、教育問題があるということです。

当事者の小保方さんも然り、周囲の人間もまた然り。発表まで誰も問題に気づけなかった背景に、文理融合ができていなかった点が指摘されています。

『心理学と錬金術』から学ぶ

小保方さんは試験を受けずに、大学に進学、ハーバード大に留学、理研に就職をしています。

小保方さん自身がドアをたたくことなく、いつも周囲で引き立ててくれる人がいました。

本の中で、ユングの『心理学と錬金術』が紹介されていました。錬金術師はモノを「A」から「B」に変えるのではなく、錬金術師が「A」を「B」であると言うと、周囲の人が信じてしまう、そんな力が錬金術師にはあると書かれています。

小保方さんも同様で、その場にいる人の深層心理に影響をあたえて、支配してしまう錬金術のような力があるのではないか、と。

STAP細胞事件では、再生医療の権威である笹井先生が命を落とす結果になってしまいました。もし若いころ、笹井先生が『心理学と錬金術』を読んでいれば、小保方さんの話がおかしいことに気付けたかもしれないと述べられています。

つまり、理系の人間も、科学史の理解、文系的な教養が必要ということになります。

『我が闘争』の出版からSTAP細胞事件をみる

小保方さんの「あの日」が出版されたとき、わたしは憤りを覚えました。しかし、「ヒトラーを防ぐにはヒトラーを知らなければならない」という記述に、はっとしました。

第2のヒトラーを防ぐためには、ヒトラーの研究は絶対に必要であり、そのために『我が闘争』を読まねばならないということ。

同様に、第2のSTAP細胞事件を防ぐためには、「あの日」を読んで、研究する必要があるのでしょう。

「あの日」を出版することについて、出版社は何を考えているのだろうか?と思っていました。しかし、小保方さんの言動を読み解くことで、「日本の理系の問題点が逆照射される」という記述から、出版された意味がわかりました。

「本質を見極める」力とは

STAP細胞について、本質を見極めるとはこういうことか、と深く考えさせられた記述がありました。

これはぜひ本で確認いただきたいです。STAP細胞の発表を聞いて、佐藤さんがすぐにおかしいと感じたことが本で触れられています。

言われてみれば、確かにその通り、ごもっともなその指摘。私自身、当時ニュースをかなり調べていました。論文のどの部分をねつ造したのかなど、情報を追っていました。しかし、佐藤さんの指摘、推測は、まったく思いつきませんでした。

ものの見方、本質を見抜く力の決定的な違いを感じた箇所でした。これは一朝一夕でどうにかなるものではありません。

合理的思考=科学的思考とは限らない

大学から今にいたるまで、理系分野の中で仕事をしていながら、全体を俯瞰するどころか、基本的な考え方すら身についていないではないかと、自分を恥じたのが、「合理的思考=科学的思考とは限らない」という部分でした。

たとえば、流産を例に考えてみます。

娘が流産してしまった。妊娠10週だったから、赤ちゃんの染色体異常によるものらしい。これは受精の瞬間に決まることがほとんどだから、娘の過ごし方が悪かったのではなく、仕方がなかったことなのだ。

 

これは科学的思考の一例です。

これに対し、

流産になったなんて、母親が仕事をしすぎていたからじゃないのか。子どもの命は母親にかかっている。なんて無責任な女なんだ。

 

これは非科学的思考ですが、流産の「原因」を考えて、責任の所在を考えているため、合理的思考といえるのではないでしょうか。

本では別の例が紹介されています。ここでは、自分で思いつくものを考えてみました。

佐藤さんは、「合理的思考であるが、科学的思考でない」事例が多くある、と話しており、その最たる例として、オウム真理教に触れられていました。

この事件の背景に、医師や研究者でありながら、非科学的な合理的思考しかできなかった原因があることを考えると、学んだ理系・文系の知識を体系的に自由自在に運用できる教育の必要性を改めて感じます。

まとめ

子どもの将来に不安を感じていたのが、この本を読み始めたきっかけでした。

読み進めるうちに、子どもどうこうの前に、自分こそ学び直しが必要であることを痛感しました。

本で登場された野口先生が主導されている、同志社大学サイエンス・コミュニケーターの教育プログラムの今後に行方も見守りつつ、私もできるところからやらねば・・・と『心理学と錬金術』を購入しました。

今回の教育改革は、海外のSTEAM教育を意識したものだと思っています。これについては改めて記事にしたいと思っています。

私が自宅で3Dプリンタを子どもと使うのは、おもちゃを作ってあげる、という単純な理由にとどまりません。海外ではSTEAM教育の一環として、3Dプリンタが教育現場で当たり前に使用されているのを知ったことが、主な理由です。

子どもの頃から3Dプリンタのある日常を送った子と、高校生になってから初めて触れた子。表面的にはわからなくても、将来、大きな差となって表れるのではないでしょうか。

私が家庭で3Dプリンタを使用することは、見えない結果に対する先行投資ともいえます。教育改革は良いものだと書きましたが、本当は不安も感じています。私もまだ正解はわかりません。子どもに押し付けない形で、子どもにとって最善な教育を、その都度提供していってあげたい。それができるよう、自分自身も確固たる経済力を築きたい。それが一番の気持ちです。

 

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