バイオプリンタで患者の細胞から血管付き人工心臓の作製に成功【原理を解説】(テルアビブ大学)
イスラエルの研究グループが血管も再現した心臓作成に成功しましたね。
心臓のような実質臓器の作製は、血管網の構築も必要な点で難しいといわれていました。一体どうやって血管付き心臓を作製したのでしょうか?
今回は論文をもとに、この研究についてご紹介します。
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3D Printing of Personalized Thick and Perfusable Cardiac Patches and Hearts
目次
今回の研究が画期的な点
これまでにも人工心臓作製の研究がなされてきました。
今回はなぜこれほど注目されるのでしょうか?
それは、血管も再現しているという点です。
立体臓器作製の2つの課題
人工的に作製した臓器や組織が機能するためには、2つの技術が必要になります。
①灌流機構をもつこと
灌流(perfusion)とは、血液が流れること。血液は栄養素や酸素の運搬、老廃物の排出にかかせません。人工臓器が機能するためには、立体構造の中に血管網を形成しなければなりません。そうでなければ、せっかく三次元の臓器を作製しても、深部では細胞は酸素不足、栄養不足に陥ります。
②組織化
細胞を集めて集合化させただけでは、ただの集合体です。組織として機能するためには、細胞が接着、伸展、増殖、遊走、分化し、細胞同士が相互作用しあう必要があります。
そこで重要なのが、細胞外マトリクスです。細胞マトリクスは、細胞以外の物質のことで、細胞が機能を発揮するために必要な土台に相当します。家を建てるときの土台、畑で野菜を育てるときの土のようなイメージで、細胞の接着、移動、分化、増殖を調節する働きを持っています。
土台のないところに家を建てられないように、細胞外マトリクスがなければ、細胞は機能を発揮できません。
さらに、細胞外マトリクスにはさまざまな種類があり、骨、皮膚、心臓、肝臓、血管など臓器や組織に応じて異なります。細胞が機能するためには、それぞれの部位に応じた細胞外マトリクスが必要になります。
そのため、臓器を作製する場合、細胞だけでなく、その細胞がその場所で機能し、組織化できるように誘導できる環境を整える必要があります。
上記①②より、今回の人工心臓は①に関する、血管も再現しているという点で画期的だと思います。しかし、研究の考察で述べられている通り、血管網の構築にはまだ限界があるようです。毛細血管まで含めた灌流機構の構築をいかに実現するか、が重要になりそうですね。
具体的な原理
次に、今回の人工心臓作製の原理についてみていきます。
①-④の順に、ステップを説明していきます。
今回使用したのは患者の大網組織の細胞です。
大網(だいもう)とは、胃の下からカーテンのように垂れ下がっている腹膜です。
論文をもとに流れをまとめたのがこちらの図です。
4つにわけて説明します。
1 所望の細胞に分化させる
まず、大網から細胞を抽出し、リプログラミングします。
リプログラミングとは、人為的な操作によって、細胞の核の記憶を消して初期化することです。リプログラミングにより、細胞を多能性幹細胞(pluripotent stem cells)にします。多能性幹細胞はあらゆる種類の細胞に分化できるので、これを心筋細胞、内皮細胞に分化させます。
2 細胞の土台を用意する
細胞を抽出した残りの材料を、脱細胞化します。脱細胞化とは、再生医療で近年盛んにおこなわれている研究分野の1つです。
文字通り、生体組織から細胞を取り除くことです。すると、残りの成分はほとんどが細胞外マトリクス(土台)となります。こうしてできた脱細胞化組織は、ほとんどの生物間で免疫拒絶を起こさないことから、再生医療の足場材料として使用されています。
今回の研究では、脱細胞化した細胞外マトリクスを処理して、感温性ハイドロゲルにします。患者の大網から取り出した組織を使っているので、患者専用のハイドロゲルとなります。
上述の通り、異種の脱細胞化組織を使うこともできますが、免疫拒絶の可能性を最小にするため、論文では同種材料の使用が推奨されています。
次の一文は論文より抜粋したものです。
「while the cells are separated from the matrix」→細胞外マトリクスから細胞を分離する、つまり脱細胞化する、ということですよね。
報道では脱細胞化について触れられていませんでしたので、自分の理解が正しいか、論文の他の箇所も確認したところ、脱細胞化を示す一文がありました。
細胞を抽出した大網を脱細胞化したのがこちらの写真。(a:脱細胞化前、b:脱細胞化後)
3 2種類のバイオインクを用意する
①でできた細胞を、②のハイドロゲルに加え、心筋細胞、内皮細胞を含む2種類のバイオインクを用意します。
4 造形する
これ以降は、家庭用3Dプリンタでモノを作るイメージに似ています。
2種類のバイオインクを同時に押し出し(ディスペンシング方式)積層していきます。
内皮細胞のバイオインクには、ゼラチンが含まれています。37度になるとゼラチンは液状化し、流されてなくなります。一方、内皮細胞のハイドロゲルは37度で架橋し、硬くなります。そのため、管腔構造の血管が形成されます。
まとめ
ざっくりですが、イスラエル研究グループの人工心臓作製の原理についてまとめました。
今回発表された人工心臓は、直径14mm、高さ20mmと大変小さいものです。これを生体移植可能なレベルまで発展していけるのかどうか、今後も情報をチェックしていきます。
個人的には最新論文をもとに、技術と英語を学ぶのは大変有益だと感じました。基礎学力の不足を感じる部分もありましたので、再生医療、バイオプリンティングについて、引き続き勉強していきます。
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