再生医療・組織工学で使われるハイドロゲルとは?バイオインクの研究事例もご紹介
再生医療やバイオプリンティングで耳にするハイドロゲル。
最初のころ、一体どういうこと?と思っていました。
今回は、身近な例からハイドロゲルを深掘りしてみます。
目次
身近にあるハイドロゲル
私たちの生活には、意外とハイドロゲルが多いのですよ。
例えば、ゼリー、寒天、ソフトコンタクトレンズ、紙おむつ。
固体が溶媒を吸い込んで膨潤し、それ自体に流動性がない物質の形態をゲルといいます。
「溶媒=水」の場合をハイドロゲルといいます。
固体は高分子とは限りませんが、高分子である例が圧倒的に多いです。
ハイドロゲルの骨格は、画像のように三次元の網目構造になっており、網目構造の中に水分子が入り込み、ぷよぷよとした状態になります。
小さいお子さんがいらっしゃる方には紙おむつが身近ですよね。
自宅で実験してみました。
紙おむつを分解し、中の吸収性ポリマーに水を加えた様子を撮影した動画です。
じっくり観察していると、吸水性ポリマーが膨潤して広がっていることがわかります。
水を吸収した後の吸収性ポリマーはゲル化していますね。
化学ゲルと物理ゲル
網目構造をどのように形成するかによって、化学ゲルと物理ゲルに分類できます。
化学ゲル:共有結合によって架橋したもの
【例】コンタクトレンズ、紙おむつ
物理ゲル:水素結合やイオン結合によって架橋したもの
【例】ゼリー
化学ゲルは外部刺激に強く、安定した状態を維持します。これに対し、物理ゲルは熱などによって状態が変化します。
紙おむつは吸収した後、漏れ出てきたりしませんよね。これは共有結合によって半永久的に安定した構造になっているからです。
ハイドロゲルとして使われる天然高分子・アルギン酸
ここで、ハイドロゲルとして広く使われるアルギン酸をみてみます。
アルギン酸は、昆布などの海藻からとれる天然高分子で、食品添加物、医薬品から水処理の凝集剤など、広い分野で使われています。
上のように、D-マンヌロン酸(M)とL-グルロン酸(G)からなり、2種類のウロン酸が直鎖上に重合したシンプルな構造です。
MとGの比率や配列を変えることで、粘度が変わります。この性質の変化を利用して、幅広い分野で使用されています。
アルギン酸はそれ自体では水には溶けず、アルギン酸のカルボキシル基がナトリウム、カリウムなどと塩を形成すると、水溶性になります。
アルギン酸は基本構造に変化を生じずに、分子中のカルボキシル基が反応する陽イオンの種類によって、性質が変わります。
アルギン酸が1価の金属(Na、Kなど)と反応した塩は水に素早く溶けますが、Caなど多価の金属塩は高温でも溶けません。
アルギン酸には他のゲル化する多糖類にはないある特徴があります。
また、多価カチオンであるCa2+と最もすばやく反応し、イオン化したアルギン酸はCa2+と一瞬で反応し、ゲル化します。
<アルギン酸の特徴まとめ>
ゲル化に温度が関与しない
多価カチオンと瞬時にゲル化する
このように、加熱することなく、温和な条件で瞬時にゲル化できるというのは、バイオインクの素材として理想的に思えますよね。しかし、欠点もあります。
バイオプリンティングの原理の1つとして、以前、インクジェット方式があることをご紹介しました。
詳しくはこちらから
インクジェットでバイオプリントする場合、バイオインクには次の3つの要件が求められます。
・直径数十μmから吐出できるよう低粘度であること
・吐出されたインクは、周囲に流れる前に極めて短時間にゲル化すること
・ゲル化が細胞に悪影響を及ぼさないこと
3つの要件すべてを満たすインクは極めて限られており、現在は、上記で述べたアルギン酸が広く使われています。
天然由来のアルギン酸ですが、前述の通り欠点があります。
それは、ハイドロゲルの分解時に放出されるカルシウムによる細胞毒性です。
カルシウムを使用したアルギン酸ハイドロゲルを足場材料として利用した場合、分解時に放出されるカルシウムイオンが局所的に滞留し細胞毒性を示します。このため、軟骨組織や硬骨組織などカルシウムイオンを必要とする組織の足場材料としての利用に限定されてしまうのです。
ハイドロゲルを再生医療で使用する場合、ハイドロゲルは体内にずっと留まるのではなく、徐々に膨潤し、やがて溶けてなくなります。
そのため、ハイドロゲル分解による影響も考慮しなければならないのです。
この課題に挑戦する、研究事例を次に紹介します。
わさびを利用したバイオインクの開発
カルシウムを利用したアルギン酸ハイドロゲルの欠点を解決するものとして、
大阪大学・境慎司先生、富山大学・中村真人先生が開発したバイオインクをご紹介します。
高分子のゲル化に、多価金属ではなく、なんとわさびを使っています。
具体的には、
フェノール基を導入したアルギン酸を、西洋わさび由来のペルオキシダーゼ(HRP)を触媒として架橋させたバイオインクでプリントしたところ、三次元構造体の作製に成功しました。
ペルオキシダーゼを触媒としてフェノール性水酸基同士を架橋する場合、通常、過酸化水素が必要となり、報告書でも過酸化水素が使用されています。
その後の報告(Enkhtuul Gantumur, Shinji Sakai, Masaki Nakahata, Masahito Taya; Horseradish peroxidase-catalyzed hydrogelation consuming enzyme-produced hydrogen peroxide in the presence of reducing sugars, Soft Matter, 15, 2163-2169 (2019))で、
過酸化水素を添加するのではなく、還元糖とペルオキシダーゼ中にあるチオール基から生成する過酸化水素を使って架橋を行わせるアプローチが報告されているようです。論文全体を入手できておらず、まだ詳細は確認できていませんが、過酸化水素による影響をなくすためのアプローチが研究されているようです。
境先生方の研究では、
ペルオキシダーゼ存在下で、フェノール基を導入したアルギン酸を用いたバイオインクで三次元構造体が作製されましたが、数日間培養しても細胞に伸展はみられなかったようです。
フェノール基を導入したゼラチン、ヒアルロン酸を含む水溶液からも構造体は作製でき、こちらは細胞の伸展が認められたようです。
2018年日本画像学会での報告によると、ペルオキシダーゼを触媒として、すでに20種類の高分子のゲル化に成功しています。
他社の特許を見ていると、人工血管の作製に細胞毒性のより少ない手段としてカルシウムを使ってアルギン酸をゲル化しており、アルギン酸のゲル化には多価カチオンの使用が主流であることがうかがえます(WO2014030418A1)。
細胞毒性を解決するものとして、境先生・中村先生方が開発したバイオインクが実用化に向かうことを期待したいですね。
まとめ
簡単ですが、ハイドロゲルの最近の研究動向をご紹介しました。
再生医療や組織工学で、細胞を包んだり、細胞の足場となるハイドロゲルには、粘度や瞬時のゲル化、細胞との相互作用など、クリアしなければならない課題があることがわかりました。
バイオインクとして必要なハイドロゲルにはもっと種類がありますので、改めてご紹介したいと思います。
【参考】
自己組織化b-シートペプチドを架橋点に利用したアルギン酸ヒドロゲルの設計
東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 酒井・鄭研究室
酵素架橋とインクジェットの融合による3Dバイオプリンティング技術の開発
アルギン酸類の概要と応用(SEN’I GAKKAISHI(繊維と工業)Vol.65, No.12(2009))
特開2012-172055