【細胞のみ】イリノイ大学:スキャフォールドフリーによる生体組織のバイオ3Dプリント技術を開発

立体臓器の作製には足場となるスキャフォールドを使う場合と使わない場合があります。

以前ご紹介したサイフューズ社のバイオプリンタはスキャフォールドフリー(Scaffold free)で作製するものでした。サイフューズ社のように、スキャフォールドフリーによって立体臓器を作る試みが増えてきているように思います。

2019年6月5日付けでMaterials Horizonsに掲載された論文によると、イリノイ大学の研究グループは、細胞だけからなるバイオインクを使い、スキャフォールドフリーで生体組織をプリントする技術を開発しました。

論文URL:Materials Horizons

Materials HorizonsのURLでは全文にアクセスできませんでしたが、下記URLで全文を入手できましたので、こちらをもとに研究のポイントをご紹介します。

参照URL:Individual cell-only bioink and photocurable supporting medium for 3D printing and generation of engineered tissues with complex geometries

イリノイ大学の研究のポイント

研究のポイントは次の2点です。

・マイクロゲルビーズを使う

・光架橋を利用する

 

出典:Individual cell-only bioink and photocurable supporting medium for 3D printing and generation of engineered tissues with complex geometries

容器に入ったマイクロゲルビーズに、細胞からなるバイオインクをノズルから押し出していきます。

①ノズルと押し出されるバイオインクの動きによって、ずり流動化がみられ、支持培地中のマイクロゲルビーズが流動化します。

マイクロゲルビーズは弱いせん断応力で流動化するので、ノズルが深い部分まで進むのを遮りません。

②ノズルが通過してせん断応力がなくなると、局所的に流動化していたマイクロゲルビーズが自己修復性(self-healing)によってすぐに”穴”を埋め、プリントされた細胞を支えます。

 

せん断応力(shear stress)という言葉が登場しましたね。この概念は定義を見ていてもわかりづらいと感じましたので、次に私の解釈で説明します。

 

せん断応力をかみ砕いてみる

まず、せん断とは、物体の平面に力が作用すること。指でポストイットを横に動かすイメージです。

せん断応力とは、この時に作用する力のことです。つまり、物体の断面に平行に作用する力のことです。

せん断応力の向きは一体どちらなのか?としばらく悩んでいたことがあります。

私の理解では、力を加えるもの、力を受けるものどちらに焦点を当てるかによって、せん断応力の向きが異なります。作用・反作用の関係ですね。

 

ちなみに、せん断力、せん断応力と混乱しますが、違いはただ1つ断面積で割っているかどうか。

せん断応力はせん断力を断面積で割っている、それだけです。実質同じものと考えたら、わかりやすくなりました。

論文では写真の人差し指にあたるものがノズルとなりますね。ノズルが動くことで、その周囲にいるマイクロビーズがノズルからせん断応力を受けて移動するわけですね。

 

論文の内容に戻ってまとめると、

ノズルが細胞を押し出しながら動く時は、マイクロゲルビーズは細胞に場所を提供するためにどいてあげて(=せん断応力が発生するから)

ノズルが進んだ後は、今度は細胞を支えるためにマイクロゲルビーズが元の場所に戻ってくる (=せん断応力がなくなるから)

 

マイクロビーズが動いたり、整列したりするのに作用するのがせん断応力ということですね。

細胞の固定化に光架橋を利用

自己修復性で再び集まって細胞を支えるマイクロビーズは、これだけでも細胞にとって安定な固定機能を果たしますが、

研究ではさらに細胞を安定して固定させるために、光架橋を利用しています。

細胞を押し出した後、マイクロゲルに紫外線を照射して光架橋させると、ゲルが凝固します。こうすることで、マイクロゲルビーズがより安定した”ベッド”となり、細胞同士がより安定した状態で接着し、長期間培養することができるようです。

こんなイメージでしょうか。

使用するマイクロゲルは、酸化・メタクリル化したアルギン酸からなります。

アルギン酸が光架橋するイメージはこんな感じです👇

論文でも下図と同様に、メタクリル酸2-アミノエチルを使っています。

 

出典:Polysaccharide-Based Controlled Release Systems for Therapeutics Delivery and Tissue Engineering: From Bench to Bedside

メタクリル化したアルギン酸に光を照射すると、アルギン酸が架橋していますね。

架橋したマイクロゲルは軽く撹拌することで取り除くことができるようです。

生体組織を作製した後、エステル結合が切れて架橋構造が解除され、除去される仕組みだと思います。

 

研究では、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞4週間かけて骨や軟骨に分化させています。形成された骨はげっ歯類と同じくらいの大きさ。

下の写真は、CADデータに基づいて指定した形状に3Dプリントされた構造物です。

研究結果によると、形成された組織はピペットを用いたせん断応力で簡単に支持培地から取り出せた、とのことでした。

出典:Living cell-only bioink and photocurable supporting medium for printing and generation of engineered tissues with complex geometries

 

イリノイ大学が公開した動画がこちらです。

アルファベットの「C」が造形されていく様子がわかりますね。

赤い培地にはマイクロビーズがびっしり入っているということですね。

 

バイオプリンティング分野は奥深く、難しいです。今回のようにトレンド(最新論文)をキャッチしていけば、もっと全体像を理解できると信じ、今後もご紹介していきます。

 

※アイキャッチ画像の出典:Materials Horizons

 

 

 

公開日:2019年6月21日