【mRNA医薬】ワクチン開発を席巻する欧米ベンチャー 日本のとるべき戦略は?

先日の再生医療産業化展・バイオ医薬EXPOで「mRNA医薬が生み出す新しい治療戦略」というセミナーを聴講してきました。

まだ理解が追い付いていない箇所がありますが、欧米ベンチャーの急速な勢いには焦りを感じました。

位髙啓史先生のセミナーの概要を、少しかみ砕いてお伝えします。mRNA医薬を初めて知る方は、過去記事もあわせてご覧ください。

 

mRNA医薬の現状

mRNA医薬品の用途は、大きく次の2つに大別されます。

mRNAワクチンを使う

治療用タンパクを発現させる

 

私の理解ですが、

この2つの違いは、免疫反応を利用するかどうかにあります。

mRNAワクチン

mRNAワクチンは、感染症やがんに対する抗原をコードするmRNAを用いる方法です。

たとえばがんの場合。

がん抗原をコードするmRNAが細胞質内に入ると、がん抗原のタンパクがつくられます。免疫細胞ががん抗原のタンパクを発見すると、それを異物と認識します。つまり、免疫細胞にがん抗原=異物だよと教育させるわけです。すると、免疫細胞が免疫反応を起こしてがんを攻撃します。

治療用タンパクを発現させる

治療用タンパクの発現は、疾患治療に必要なタンパクをコードするmRNAを用いる方法です。

ざっくり説明すると、

免疫反応を利用するのではなく、mRNAを投与して、足りないタンパク質を補う治療法ですね。

たとえば、軟骨再生に必要なタンパク質をコードしたmRNAを投与して、必要なタンパク質を作って、軟骨を再生させます。

mRNAワクチンと治療用タンパク発現のうち、どちらが臨床試験に進んでいるのか?というと、ほぼ100%ワクチンのようです。

しかも、ワクチン開発では欧米ベンチャーの勢いがすさまじく、日本勢は追い付くのが難しい状態です。

一方で、治療用タンパク発現を使う疾患治療ではまだ参入の余地があるとのこと。位髙先生の研究も疾患治療にフォーカスされています。



ワクチン開発を席巻する米・独ベンチャー3社

mRNA開発を行うベンチャーは多くあるようですが、講演で頻繁に登場したのが次の3社です。

Moderna therapeutics(米国)

BioNTech(ドイツ)

CureVac(ドイツ)

 

特に、Moderna(米国)とBioNTech(ドイツ)の2社は2018年にIPOに上場し、リードする立場にあります。

講演でModernaからの論文数がすごいとのお話があり、ModernaのHPを見てみたところ、確かに。

https://www.modernatx.com/newsroom/publications

2019年に入りすでに4件の論文が発表されています。特許庁データベースで確認できた特許数は2019年(6件)、2018年(4件)、2017年(20件)と多く、ざっと見る限りほとんどが修飾mRNAに関する特許です。

出典:Moderna  Modernaから2019年に出された論文

Modernaなどは修飾mRNAを使うNaked mRNAを開発しています。修飾mRNAの特許を次々に取得して囲い込みを行っています。

ワクチンでは欧米勢に追いつくのが難しく、疾患治療にまだ参入の余地があるとはいうものの、Modernaらも疾患治療を攻め始めており、競争の激しさがうかがえます。

 

講演で紹介されたModernaの論文

出典:nature biotechnology

2013年にModernaより発表された論文「Modified mRNA directs the fate of heart progenitor cells and induces vascular regeneration after myocardial infarction」によると、ヒトVEGF-Aをコードする修飾mRNAを心筋梗塞のマウスモデルに投与した論文では、下記のように、DNAに比べ、mRNAのタンパク発現は一過性になっています。

出典:Modified mRNA directs the fate of heart progenitor
cells and induces vascular regeneration after
myocardial infarctionを改変

位髙先生によると、DNAのように発現が持続すると、VEGFの血管透過性の作用によって、血管が漏れやすくなります。したがって、mRNAの方が心筋梗塞モデルの治療において、新生血管から血液が漏れにくいことがこの論文で示されています。

 

同じくModernaから、α-ガラクトシダーゼA(α-GAL)活性の欠損あるいは低下によって様々な症状が引き起こされるファブリー病疾患マウスに、α-GALAをコードするmRNAを投与した論文が発表されています。

Systemic mRNA Therapy for the Treatment of Fabry Disease: Preclinical Studies in Wild-Type Mice, Fabry Mouse Model, and Wild-Type Non-human Primates

残念ながら全文を入手できませんが、位髙先生によると、この論文の注目すべき点は「酵素の活性を評価している」ところです。発現量だけでなく、発現した酵素が活性を有しているかどうかを評価している点がすばらしいとのこと。

このあたりのお話、第一研究者の方が論文を見る視点を知ることができ、勉強になりました。

mRNAが独自の治療戦略となるのは細胞内タンパク投与への応用

では、米・独のベンチャーが勢いを増すmRNA医薬において、今後どのような戦略をとればいいのでしょうか?

講演で話されたmRNA医薬の臨床応用には次の2点がありました。

分泌型タンパク質投与への応用

細胞内タンパク質投与への応用

 

分泌型タンパク質とは、細胞の外へ分泌されるタンパク質、細胞の外で働くタンパク質です。

これについて少し補足しておきます。

タンパク質は細胞内のリボソームで合成されるのは周知のとおりです。

リボソームには小胞体に結合するタイプと、遊離しているタイプがあります。
遊離型リボソームでは細胞外に分泌されないタンパク質が合成され、結合型リボソームでは細胞外に分泌されるタンパク質が合成されます。

細胞外へ分泌されるタンパク質の具体例としては、抗体、消化酵素、インスリンなどがあります。

本題に戻りますが、

分泌型タンパク投与においてmRNAを使う場合は、リコンビナントタンパク投与との差別化がポイントになるとのことでした。

リコンビナントタンパクとは、大腸菌や動物、昆虫などの遺伝子を組み換えて人工的に精製したタンパク質をいいます。自然界に微量しかないタンパク質でも大量に作り出すことができる技術です。

分泌型タンパク質の投与で現在のスタンダートは、リコンビナントタンパク投与です。これをmRNAで代替する場合、発現の持続性、組織分布、翻訳後修飾などが差別化のポイントになるようです。

一方で、mRNA医薬でないと実現できない可能性があるのが、細胞内タンパク質投与。

細胞内タンパク質とは、細胞の中で働くタンパク質のことで、転写因子、シグナル因子、膜タンパク質、受容体などがあります。

転写因子について補足したい方はこちらから:

真核細胞の転写における基本転写因子の働きをわかりやすく解説

 

これらはタンパク質の形で細胞内に導入することができず、遺伝子として細胞内に導入しなければなりません。

とすると、転写因子やシグナル因子などを強制発現させたい場合、mRNAならホストゲノムを傷つけず、ただちに発現するので、有力なツールであることがわかりますね。

位髙先生によると、細胞内シグナル因子などの投与においては、安全性の面からmRNA医薬が唯一の手法となる可能性が高いとのことです。

具体例として、軟骨形成に関与するRUNX1という転写因子があります。変形性関節症マウスモデルにRNUX1を発現するmRNAを関節内投与したところ、変形性関節症の進行が有意に抑えられたという結果が得られています。

出典:東京大学

講演では、このほか、脳虚血疾患、アルツハイマー、脊髄損傷、椎間板変性疾患、嗅覚疾患などへの自験例が紹介されました。

ただし、細胞内タンパク質投与に応用する場合、POCを得るのが難しいようです。

POCとは、プルーフ・オブ・コンセプトの略で、候補となる薬剤の有効性・安全性が、ヒトで確認されることを指します。

mRNA医薬すごい!!と感動の連続でしたが、実用化に向けては課題がありますね。

mRNAは分子生物学で得た知見を直接投与という形で応用できる点で、創薬のパラダイムチェンジにつながる技術とのこと。

欧米ベンチャーの特許の囲い込みが続く中、日本勢を応援したいですね。論文、特許をたくさん出している三大ベンチャーの動きも見逃せません。

 

位髙先生の研究内容はこちらをご覧ください。

 

 

【参考】

第3回バイオ医薬EXPO講演・配布資料「mRNA医薬が生み出す新しい治療戦略」

ヒト消化酵素が作られる仕組み(東北大プレスリリース)

治療用転写因子のメッセンジャーRNA(mRNA)送達による変形性関節症治療

カルナバイオサイエンス株式会社

公開日:2019年7月5日