注目される粒子線治療 -重粒子線と陽子線の違いは?-
がん治療の1つとして近年注目を集めている粒子線治療。
中国からも粒子線治療を受けたいと、来日する患者さんが増えています。
今回は粒子線治療である重粒子線と陽子線の違いに注目したいと思います。
目次
重粒子線治療では日本が世界をリード
以下からわかるように、日本は重粒子線治療で世界を大きくリードしています。
日本には重粒子線治療施設が7施設あるのに対し、米国には建設・計画中の1施設のみです。
出典:放射線医学総合研究所
実は、日本で重粒子線治療が開始されるはるか前の1957年に、
米国のローレンス・バークレイ国立研究所で重粒子線治療による臨床研究がおこなわれていました。
しかし、重粒子線治療で結果が出なかったため、
1992年に重粒子線治療の研究を打ち切り、米国はその後の粒子線治療を陽子線に絞ることとなりました。
粒子線治療とX線治療の違い
一般的なX線治療は、X線を照射する際に、
がん細胞だけでなく周囲の正常な細胞にもあたり、吐き気などの副作用が起こります。
これはX線が体を通り抜けるとき、比較的散らばった状態で電離するため、
放射線の通り道にある正常な細胞もダメージを受けてしまうためです。
これに対し、
粒子線治療は、ターゲットであるがん病巣の位置で線量が最大となるという特徴があります。
体に入り始めの部位よりも、粒子線が止まる部位(がん病巣)で多くのエネルギーを放出し、たくさんの電離を生じます。
打ち上げ花火のように、目的部位に到達するときにエネルギーを放出するため、一般的なX線よりも正常な細胞に与えるダメージが少ないのです。
また、粒子線は通常の放射線に比べ散乱が少ないため、非常にシャープな線量分布を形成できます。
このため、放射線の影響を受けやすい臓器のそばにあるがんに対しても治療を行うことができます。
このように粒子線の線量がある深さで大きくなりピークを形成することを、ブラッグピークといいます。
上記からも、重粒子線、陽子線が大きなピークを形成することがわかりますね。
では、重粒子線・陽子線、両者にはどのような違いがあるのでしょうか?
重粒子線と陽子線の違い
放射線が細胞に効くかどうか(細胞の放射線感受性)を左右する指標に、線エネルギー付与(LET)があります。
LETとは、荷電粒子が通過するときに与えるエネルギーのことです。
一見すると難しい言葉ですが、LETは重粒子線と陽子線の違いを理解するための重要なキーワードなのです。
放射線でがん細胞が死ぬ理由の記事で、放射線でがんが死ぬ理由に、
①直接作用
②間接作用
の2つの作用があることをお話しました。
簡単に言うと、
放射線が直接DNAを損傷させるのが直接作用、
放射線が水分子に作用してフリーラジカルを発生させ、フリーラジカルがDNAを損傷させるのが間接作用、となります。
ここで重粒子線、陽子線のLETの数値に着目してみます。
重粒子線のLET:100 keV/μm
陽子線のLET:1 keV/μm
重粒子線のLETは陽子線の約100倍になりますね。
重粒子線のように高いLETを特徴とする放射線を高LET放射線といい、陽子線は低LET放射線に分類されます。
LETが高い程、放射線が直接細胞に働く作用が大きくなります。
高LET放射線と低LET放射線ではがんに対する作用の仕方が異なります。
つまり、がんに対する殺傷効果において、
高LET放射線である重粒子線では、直接作用が優位になり、
低LET放射線である陽子線では、間接作用が優位になります。
このことは何を意味するのでしょうか?
放射線とがん細胞の酸素量の関係
放射線の間接作用が効果を発揮するためには、
体内にある「水分子」と「酸素」が重要になります。
酸素には、フリーラジカルの力を高める効果があるためです。
しかし、一般にがん細胞は通常よりも低酸素状態になっていることが多いのです。
低酸素状態のがん細胞に低LET放射線を照射しても、
細胞内の酸素が足りないため、
望む間接作用を発揮できないことがある ―
これが重粒子線と陽子線の違いといえます。
一方、高LET放射線である重粒子線は、フリーラジカルの力によらず、直接がん細胞のDNAに働きかけることができます。
低LET放射線が効きにくいがんには骨肉腫、悪性黒色腫などがありますが、
上記で述べたように、高LET放射線は細胞の酸素量に影響されにくいため、
放射線が効きにくいがん(放射線抵抗性のがん)に対しても有効であると考えられています。
参考:
がん重粒子線治療のナゾ
放射線治療物理学 第3版
医療最前線で活躍する物理
知っていますか?医療と放射線
粒子線治療の原理と特徴