切らずにがんを治す 「量子メス」実現のために
「がんを治すだけではなく、QOLも維持できる治療を提供したい」。
「働きながら1回で完了する治療法を実現したい」。
放射線医学総合研究所に重粒子線治療装置HIMACが完成したのは1993年。現在では当時18回の照射が必要であった肺癌(非小細胞癌)は1回照射が可能となっています。
改良・開発が続けられている重粒子線治療装置。しかし、現在では高額かつ大型という課題のため、他のがん治療方法より優れた治療成績が出ているものの、だれもが安く、働きながら治療できる治療方法とはなっていません。「全てのがんで1回照射を実現する」との想いから、現在、次世代重粒子線治療装置となる「量子メス」の開発がQST(量子科学技術研究開発機構)で日夜行われています。
29日、QSTで「量子メス」セミナーが開催されました。
目次
「施設」から「装置」へ
量子メスとは、重粒子線治療により縮小した腫瘍が、画像で見るとまるでメスで切り取られたかのように見えることを示しています。
手術メスのように手で持てるもの・・・まで変えることは難しくても、現在の大型施設である重粒子線治療を、既存の病院建屋に収まるサイズにしたい、という想いもこめられています。そのため、『「施設」から「装置」へ』というキャッチフレーズのもと、小型化を目指して研究が続けられています。
放医研にあるHIMACは国内最初の重粒子線施設で、大きさは120×65m。今回中をのぞかせていただきました。
サイクロトロンの一部
QSTのHIMACは、日中は治療用に使われ、夜間に研究用に使われています。
QSTの白井先生によると、重粒子線治療の研究が始まった頃、治療のためにどのイオン種がよいのかわかりませんでした。そのため、色々なイオンを加速できるようにと、HIMACはシリコンと炭素を加速できるように作られました。周期表で炭素の下にあるシリコン(Si)も30cmまで照射できる加速器のため、特に大きく作られています。現在では炭素しか加速していませんが、当時は手探り状態だったため、大型の装置となりました。
これ以降に群馬大、神奈川がんセンターなどに導入されたものは炭素に絞ったもので、サイズはHIMACの約半分となっています。しかし、それでもまだ大きいのが課題です。
陽子線治療装置では加速器の技術が超伝導に移行しているところで、欧州バリアンの加速器はわずか2m。しかし、炭素線はまだ超伝導化されていません。超伝導技術を加速器に応用できれば、設置面積を約1/10にまで小型化が可能となります。QSTでは20×10mの装置を目指しています。
重粒子線治療と陽子線治療の違い
同じ粒子線治療として陽子線治療が有名ですが、重粒子線と陽子線両者の違いはあまり知られていません。次のような違いがあります。
①炭素線は陽子線よりも横方向の広がりが小さい(線量集中性)
つまり、陽子線に比べ、炭素線である重粒子線は重い分だけ散乱が小さいのです。
深部では陽子線は軽いため途中でずれますが、重粒子線は広がることなく収束を維持します。
特に、肝臓の周囲など消化管に照射すると障害を生じる部位の場合など、周囲の正常組織に与える線量を少なくすることができるという特徴があります。
②強い生物学的効果
放射線をあびたことで物体が吸収するエネルギーを表す尺度を吸収線量といいます。これは放射線を受けた側に視点を置いた尺度です。
同じ線量の放射線をあびても、放射線が単位長さあたりに与えるエネルギー(LET)の違いによって、生体に与える影響が異なります。つまり、放射線の質が「LET」で決まります。
LETは、同じエネルギーの線量を吸収した場合、特定の部分で吸収したのか、または全体でまんべんなく吸収したのか、吸収の密度の違いを表しています。LETが高ければ、特定の部分で吸収したことになります。このLETの違いによって、同じ吸収線量でも放射線が生物に与える効果の違いを表す指標をRBE(生物学的効果比)といいます。
こちらの記事にも書きましたが、陽子線が低LET線であるのに対し、高LET線である重粒子線は、RBEはX線、陽子線に比べ2~3倍大きくなっています。
注目される粒子線治療 -重粒子線と陽子線の違いは?-
ブラッグピークを形成するという点では陽子線も重粒子線も共通していますが、重粒子線はRBEが陽子線より2~3倍大きく、がん細胞が放射線損傷から回復しにくく、組織内の酸素濃度の影響を受けにくい(直接作用が優位なため)という特徴があります。
QSTの鎌田先生によると、治療完遂率も重粒子線と陽子線で異なるとのこと。
以下のように、施設数は重粒子線が半分ですが、治療を完了した患者数はほぼ倍になっています。
陽子線 :9施設 224名が完遂
重粒子線:4施設 447名が完遂
(セミナー発表資料より)
働きながらできるがん治療
がんになって困ることの1つは、治療に時間がかかること。
現在、ステージⅠの非小細胞肺癌では1回照射、肝細胞癌では2回照射が実現されています。膵臓癌、前立腺癌などでは8~12回照射となっていますが、QSTの平野理事長は「すべてのがんで1回照射を実現したい」と語ります。これが実現すれば、働きながら治療が可能になるからです。
QSTが目指すのは、「QOLを維持するがん治療」です。
量子メスで原発巣をたたき、分子標的治療+標的アイソトープ+免疫療法で転移巣をたたく、というもの。免疫を弱らせる治療ではなく、免疫を活性化する治療を併用し、量子メスを使う治療法です。
今年、日本の重粒子線治療装置(日立、東芝)が台湾、韓国に導入されました。
このブログでは、今後も引き続き量子メスに注目していきます。先日のセミナーではQSTの先生方の熱意に打たれました。今回の記事では伝えきれなかったことを今後も発信していきます。