バイオプリンティングの原理、各方式のメリット・デメリットを解説
3Dプリンタが今、熱い分野といえば医療。立体組織・臓器を作るバイオファブリケーション(biofabrication)です。
ちょうど昨日、イスラエルの研究グループが、3Dプリンタを使って血管も再現した心臓作製に成功したという発表がありましたね。これについては別途まとめたいと思います。
今回は、バイオプリンティングの基本的な原理、各方式の特徴についてご紹介します。
目次
バイオプリンティングの原理(代表的な4つの方式)
バイオプリンタ(バイオ3Dプリンタ)には、主に次の4つの方式があります。
・インクジェット
・ディスペンシング
・レーザー転写
・光造形
各方式について、詳しくみていきます。
インクジェット方式(Inkjet Bioprinting)
バイオプリンティング技術で最初に開発されたのがインクジェット技術です。家庭用プリンタとしておなじみのインクジェット方式ですね。
カートリッジにバイオインクを充填し、ピエゾ方式またはサーマル方式でプリントヘッドを変形させると、所定のサイズのインクが吐出します。
メリット・デメリットは以下の通り。
メリット:
- コストが低い
- 造形速度が速い
- 細胞の生存率が比較的高い
デメリット:
- 高粘度の材料の扱いが難しい
インクジェットの場合、高粘度の材料の扱いが難しいです。これは、プリントヘッドにMEMSを採用しているためです。MEMSを活用したプリントヘッドは、高粘度の材料を押し出すことができません。また、細胞の密度が高くなるほど、ノズルが詰まりやすくなる、という問題もあります。
細胞プリンティングにインクジェットと聞くと、細胞に対する熱の影響のため、ピエゾ方式に限られると思っていました。実際は、サーマル方式も使われています。
これはインクジェットプリンタのサーマル方式の原理を考えるとわかりやすいです。
サーマル方式の場合、発熱体にマイクロ秒オーダーの短い時間だけ電流が流れます。発熱体の表面温度が瞬間的に300度まで上昇し、発熱体表面に接するインクが瞬間的に気泡化します。このときに発生する高圧によって、インクが吐出されますが、インクが発熱体から離れると熱エネルギーの供給がなくなる(断熱状態になる)ため、熱の発生は瞬間的なもので、細胞の生存には影響がありません。
参考に、インクジェットを利用したバイオプリンティング研究で有名な中村真人先生が、生きた細胞に及ぼすインクジェットの影響について調査結果を報告しています。報告書によると、インクジェットの吐出工程自体は、生きた細胞に悪影響を及ぼさないことが確認できたとされています。
ディスペンシング方式(Extrusion-based Bioprinting)
ディスペンシング方式は、家庭用3Dプリンタでもおなじみの、FDM方式に似た原理ですので、イメージしやすいですよね。一筆書きで造形します。
高粘度の材料を堆積できないというインクジェット方式の課題を解決できるもので、空気圧や機械駆動でインクをノズルから押し出します。
メリット:
- 高粘度の材料を扱える
- 扱える材料の幅が広い
デメリット:
- 造形速度が遅い
インクジェットに比べ、細胞密度は高いですが、解像度・速度の面では劣ります。
ディスペンシング方式の1つに、ドイツのEnvisionTecのBioplotterがあります。
OrganovoのNovoGen MMX Bioprinterもディスペンシング方式に基づいたものです。
レーザー転写方式(Laser-assisted Bioprinting)
レーザー転写方式は、細胞を非接触で転写できるのが特徴です。
背面にバイオインクを塗布した光吸収層を持つガラス基板にパルスレーザーを照射すると、照射された1点にエネルギーが集中します。このとき、キャビテーションのような気泡が発生します。気泡が膨張し、破裂すると、バイオインクがガラス基板から、受ける側の基板に飛ばされ、細胞を非接触で転写することができます。
インクジェット、ディスペンシングのようにノズルと細胞が接触しないため、細胞に機械的負荷がかからず、細胞の生存率が高いことが特徴です。
また、インクジェットより高粘度の材料をプリントでき、扱えるバイオインクの種類が多いのも特徴です。
細胞の生存率は高い方ですが、85%未満であることが多い理由は、レーザーによる熱の影響によると考えられています。
4つの方式の中では最もコストが高いです。
メリット:
- 細胞に機械的負荷がかからない
- 細胞の生存率が高い
- 高粘度の材料を扱える
デメリット:
- コストが高い
光造形方式(Stereolithography-based Bioprinting)
光造形方式は、一次元ではなく、平面の二次元でバイオインクを選択的に凝固していくため、レーザー転写方式よりもプリント速度が速いのが特徴です。
光造形方式には、従来のバイオプリンタにない利点がいくつかあります。
1層の細胞パターンがどんなに複雑でも、平面全体で投影されるため、プリントにかかる時間は同じになります。プリンタは、垂直方向にステージを動かせればいいので、プリンタの制御を簡易化できます。また、>90%という高い生存率を維持しながら、100ミクロンの解像度を得られます。コストが低いのも特徴です。
一方で、バイオインクに対する要求が高いのがデメリットといえるでしょう。
利点の多い光造形方式ですが、問題も指摘されています。
一般に光造形では、DMD(デジタル・マイクロミラー・
メリット:
- コストが低い
- 造形速度が速い
- 細胞の生存率が高い
- 高解像度
- 粘度に制限なし
デメリット:
- 紫外線による細胞毒性
- バイオインクに対する要求が高い
4つの方式のメリット・デメリット一覧表
上記でみた4つの方式のメリット・デメリットをまとめたのがこちらです。
表にすると、光造形方式が一番メリットが多い印象を受けます。2015年の他の論文では、ディスペンシング方式の細胞生存率が40-80%となっていました。バイオプリンティングに関するデータは随時更新されていますので、最新の論文を確認されるのをおすすめします。
下記の表は、2018年2月の論文をもとに作成しています。
まとめ
今回はバイオプリンティングの代表的な4つの方式をご紹介しました。
国内でバイオプリンティングといえば、先ほども触れましたが、インクジェット方式のバイオプリンタ開発に取り組まれている富山大学の中村真人先生がいらっしゃいます。ほかに、サイフューズ社の剣山に似たニードルアレイにスフェロイドを積み上げていく剣山メソッドも有名です。
一方、海外のトレンドを調べたいと思ったとき、国内でバイオプリンティングに関する書籍はまだ限られています。
バイオプリンティングについて、大まかな原理を理解しておきたかったので、今回は主に英語論文の情報をもとに記事を作成しました。
ある論文で述べられていたことが、数年後の論文ではデータが異なっているなど、バイオプリンティング技術の進展を感じます。調べているのがとても面白くて、休憩をとるのを忘れてしまうほどでした。バイオプリンティング、バイオファブリケーションについて調べるには、海外の専門書から入る方がいいかもしれません。
今後は、バイオインクや各企業の特許についても紹介していきます。
参考文献
3D bioprinting for biomedical devices and tissue engineering: A review of recent trends and advances
Exploiting Advanced Hydrogel Technologies to Address Key Challenges in Regenerative Medicine
3D bioprinting for engineering complex tissues
Emulating Human Tissues via 3D Bioprinting
An Introduction to 3D Bioprinting: Possibilities, Challenges and Future Aspects
『インタービジョン第31巻7号 3Dプリンタの医療応用最前線PartⅡ』
※アイキャッチ画像の出典:https://www.biogelx.com/challenges-of-3d-bioprinting/
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