iPS細胞培養における課題
あらゆる細胞に分化できるiPS細胞。
その分化能を維持させながら培養するのは容易ではありません。
人手による培養の難しさ、大量培養という課題があります。
まだ全体像を把握できていませんが、今回はiPS細胞培養における課題についてみていきます。
目次
培養の基本について
「培養細胞」という言葉には、いくつかの意味があります。
まず存在形態による分類。
容器に接着した状態で培養するか、浮遊した状態で培養するか、の違いがあります。
前者を接着細胞または付着細胞、後者を浮遊細胞といいます。
次に、最初に培養したのか、長期にわたって培養しているか、の違いがあります。
前者を初代培養細胞、後者を細胞株といいます。
細胞株のように、細胞が順調に増えだして、継代を繰り返せるようになったとき、細胞株として樹立した、または、株化した、といいます。
よく耳にする「iPS細胞を樹立した」の意味は、
iPS細胞を安定的に培養できた、という意味だと理解しています。
iPS細胞の培養
フィーダー法からフィーダーフリー法へ
初期のiPS細胞は、フィーダー細胞を使って作製されていました。
細胞の培養にはエサとなる培地が必要ですよね。培地だけでは細胞の生存や増殖が難しい場合に、サポート役として添加されるのがフィーダー細胞です。
フィーダー細胞は、培地のサプリメントのようなイメージでしょうか。
フィーダー細胞の具体的な働きは、
・細胞の増殖や未分化性の維持に役立つ
・iPS細胞が培養基材に接着するための足場となる
iPS細胞のフィーダー細胞には、マウス胎児線維芽細胞(MEF)などが使われていました。しかし、動物由来の細胞であるフィーダー細胞から作製されたiPS細胞は、臨床応用に用いるうえで安全性の問題がありました。
現在では、フィーダー細胞を使わないフィーダーフリー法が主流になっています。
フィーダー細胞に代わり、細胞がディッシュに接着して増殖できるよう、タンパク質からなるコーティング剤が使われています。コーティング剤として、ラミニン511のE8断片を精製した活性型ラミニン511断片(iMatrix-511)が日本で開発されました。
iMatrix-511の登場によって、フィーダー細胞を使うことなくiPS細胞の培養が可能となりました。フィーダー法の課題であった、動物由来成分を含む培地でできたiPS細胞を再生医療に応用できない、という問題が解決されたのですね。
しかし、iPS細胞の培養には別の課題がありました。
人手による培養の限界と大量培養技術
人手による培養が非常に大変であることです。
動画をご覧になると、細胞培養がどれだけ大変か理解できます。
この一連の操作に熟練するまでには半年から1年の期間が必要なうえ、毎日の培地交換のために、研究者はほぼ休めない状況にあるようです。
ヒトiPS細胞を再生医療や創薬研究に応用するためには、10の9乗~10の10乗の細胞を安定的に供給する必要があります。
大量培養技術を実現させるうえで課題となっていたのが、
①熟練者の操作の機械化
②消耗品コスト(コーティング剤、培地、増殖因子、細胞外マトリクスなど)
①については、パナソニック、川崎重工、カネカ、日立製作所など各メーカーがiPS細胞の大量培養装置、大量培養技術を開発しています。
②についても、高価なコーティング剤の使用量を減らす技術が開発されています。
今回は一部をご紹介します。
パナソニックの大量培養装置
パナソニックが京大と共同開発した装置は、培地の交換から継代作業まですべて自動化されています。
これまで研究者が顕微鏡で継代のタイミングを決めていたのに代わり、読み込んだ顕微鏡映像を処理、分析し、機械が自動で継代のタイミングを決めています。
シャーレに液を注いだり、シャーレの底にある細胞をはがすなど、人で行っていた緻密な作業も、機械が行えるようにプログラミングされています。
脂質添加で大量培養を実現したカネカ
カネカは、iPS細胞の浮遊培養時に脂質を加えることで、スフェロイドを適度な大きさにコントロールし、効率よく低コストで大量培養することに成功しました。
培地に脂質を添加することで、スケールに関係なく、ほぼ均一な大きさのスフェロイドが形成され、未分化性を維持させることも可能となっています。
UV光で表面特性を変えた培養基材
荏原実業株式会社は慶応大学と共同で、UV光を利用して、コーティング剤の使用量を大幅に減らしてiPS細胞を培養することに成功しています。
前述の通り、フィーダーフリー法では、細胞の接着剤としてラミニン511などのタンパク質が必要になりますよね。このタンパク質は高価なため、細胞の大量培養のボトルネックとなっていました。
開発された細胞培養基材には、荏原実業のオゾン処理技術を活用しています。UV光照射で発生する活性酸素の強酸化性を利用し、基材表面の分子構造を改質しています。
この方法によると、UV光を照射するだけで基材表面を改質でき、マウスiPS細胞ではタンパク質のコーティングを全くしなくても培養に成功しました。ヒトiPS細胞ではコーティング剤の使用量を従来の20~50%にまで減らすことが可能になりました。
具体的な実験データによると、
波長172、222、308nmのUV光を複合させて表面改質したところ、C=O結合の形成が促進されました。この場合にマウスES細胞で、コーティング剤ありの場合と同等以上に、接着性・増殖性が確認されています。
同様の研究は以前にもあったようですが、以前の研究では水銀ランプを使っていました。水銀ランプでは波長が一定になってしまうのに対し、今回はエキシマランプを複数組み合わせ、異なる波長の光を照射できるようにしています。
まとめ
iPS細胞培養をめぐる課題をいくつか見ましたが、全体像をまだつかめていません。
iPS細胞の培養では、細胞を未分化の状態に維持したり、残存する未分化細胞を除去したり、細胞が産生する乳酸によってpHが低下したりなどの問題もあることがわかりました。
7月に再生医療展がありますので、実際に培養装置を見てくる予定です。
【参考】
iPS細胞自動培養装置~熟練者の培養技術を忠実に再現 再生医療、創薬分野の研究を加速する
未分化ヒトiPS細胞の大量培養を可能とする培養基材の開発に成功
発光スペクトルを制御したUV/ozone表面改質法の開発およびマウスES細胞培養系への応用
こちらの記事もおすすめ