【世界初】mRNA医薬により脊髄損傷マウスの運動機能が回復【神経再生医療に光】
脊髄損傷で苦しんでいる方たちにとって希望となる研究成果が発表されました。
損傷すると、車椅子や寝たきり生活を余儀なくされる脊髄損傷。iPS細胞や私たちの体にある間葉系幹細胞を使った細胞治療の研究が進んでいます。
今回ご紹介するのは、細胞を使わない治療法です。
核酸であるmRNAを直接投与してしまおうというものです。
このmRNAは脊髄損傷を治療するためのタンパク情報を持っています。細胞内に入ると、体に不足しているタンパク質をつくります。
こんなイメージです。
ゲノムからタンパク質が作られる流れは、DNA→mRNA→タンパク質合成であることは周知のとおりです。
このmRNA医薬は、
というプロセスを必要としないのが特徴です。
人工的に合成したmRNAを体外から直接投与して、目的とするタンパク質を発現させることで治療を行うものです。
mRNA→必要なタンパク質を発現させる→治療する
ただ、過去記事でもご紹介したとおり、mRNAには次の2つの欠点がありました。
・体内で不安定である
・免疫反応を起こしてしまう
この2つの問題をクリアしたのが、東京医科歯科大学の位髙先生、片岡先生らが開発したDDSキャリアです。
このDDSキャリアに神経の修復・新生に必要なタンパク質をコードするmRNAを搭載させて、脊髄が損傷したマウスに投与したところ、
運動機能の回復を認めた、というのが本論文のメイントピックです。
この研究成果は、脊髄損傷にmRNA応用の可能性を示した世界初の報告です。
Molecular Therapy – Nucleic Acidsに2019年6月28日付けで掲載されました。
この論文で示されたポイントは次の4点です。
・世界で初めて、mRNAを脊髄損傷マウスに投与して、運動機能の回復を認めた
・BDNFmRNAを投与したところ、神経細胞の働きを助ける細胞にmRNAが取り込まれ、BDNFタンパク質を分泌した
・BDNFmRNAを投与したマウスでは、ミエリン組織の割合が無治療マウスより有意に高かった
・BDNFmRNAは運動機能を回復させるだけでなく、脊髄損傷による免疫反応を抑える
※BDNFmRNA:脳由来神経栄養因子BDNFをコードしたmRNA
論文にあるデータを使いながら、以下、説明していきます。
なお、「mRNA搭載キャリア」は、神経の修復・新生に必要なタンパク質をコードするmRNAのことを指しています。
【世界初】脊髄損傷マウスでmRNA医薬により運動機能が回復
脊髄損傷したマウスで受傷直後に、mRNA搭載キャリアを投与した場合と、投与しなかった場合とで比較したところ、投与マウスでは、受傷後1~2週間に運動機能に有意な改善を認めました。
下のグラフで、緑色が無治療マウス、赤色がmRNA投与マウスを示しています。
mRNA投与により、神経の修復・新生に必要なBDNFの分泌を確認
正常マウスの脊髄組織にmRNA搭載キャリアを投与したところ、BDNFタンパク質の発現量が投与後3日目にピークに達しました。
次に、脊髄損傷のマウスにmRNA搭載キャリアを投与したところ、正常マウス、無治療マウス(脊髄損傷あり)と比べ、mRNA搭載キャリアを投与した脊髄損傷マウスではBDNFタンパク質の発現量はほぼ2倍になっていました。
これより、mRNA搭載キャリアの投与によって、脊髄損傷を修復するためのBDNFタンパク質が作られたことがわかります。
次に、アストロサイト、オリゴデンドロサイトというグリア細胞にBDNFタンパク質が取り込まれるかどうか確認しました。
アストロサイトに発現するGFAP、オリゴデンドロサイトに発現するAPCを使ってそれぞれ染色したところ、アストロサイト、オリゴデンドロサイトにBDNFタンパク質の発現を認めました(下の写真黄色枠・赤色)。
ちなみにグリア細胞というのは、神経細胞とともに脳を支える細胞で、次の4種類が知られています。
グリア細胞
・オリゴデンドロサイト
・ミクログリア
・アストロサイト
・NG2陽性細胞
脳には1000億個以上の神経細胞と、1兆個以上のグリア細胞があります。
ミエリンの割合に有意な変化を認める
脊髄損傷マウスにmRNAを投与した場合と、投与しなかった場合とで、損傷部位のミエリン面積を比較したのがこちらのグラフです。
mRNA投与マウス(赤色)では、損傷部位のミエリン面積の割合が無治療マウス(緑色)よりも高くなっていることがわかります。
損傷部位から0ミクロン、200ミクロンでは、無治療マウスに比べ、mRNA投与マウスではミエリン面積の割合が有意に高かったという結果が得られています。
つまり、mRNAを投与したマウスには、無治療マウスよりもより多くのミエリンが存在することが示されました。
BDNFmRNA投与によって、アストロサイトやオリゴデンドロサイトにBDNFmRNAが取り込まれ、BDNFタンパク質が周囲に分泌され、損傷していたミエリンが修復されたということですね。
これはルクソールファストブルーで染色したミエリン組織を比較したものです。
※ルクソールファストブルーはミエリン(髄鞘)を青く染色します。ミエリンが破壊された部分は青く染まりません。
mRNA投与マウス(BDNF mRNA)は、コントロールの正常マウスと同じ濃さに染色されていることがわかりますね。
mRNA搭載キャリアと免疫反応の関係
mRNA搭載キャリアの投与による免疫反応はなかった
次のグラフは、サイトカインの変化を比較したものです。
まず、正常マウスにmRNA搭載キャリアを投与し、コントロール(正常マウス・投与なし)と比較したところ、炎症を起こすサイトカインであるIL-1βに有意な変化を認めませんでした。
これより、mRNA搭載キャリアの投与による免疫反応は起こらないことが示されました。
mRNAは脊髄損傷による炎症を鎮静化する
脊髄損傷マウスにmRNA搭載キャリアを投与したところ、炎症性サイトカインであるIL-6、TNAα産生が亢進しました(グラフ赤)。
同時に、mRNAを投与した脊髄損傷マウスでは、抗炎症性サイトカインであるIL-10産生も亢進しました(グラフ青)。
IL-10は免疫を抑える方向に働くサイトカインですので、mRNAはIL-6、TNAαの働き、つまり脊髄損傷によって生じる炎症を相殺することがわかります。
論文のまとめ
論文でわかったことを再度、まとめます。
・世界で初めて、mRNAを脊髄損傷マウスに投与して、運動機能の回復を認めた
・BDNFmRNAを投与したところ、神経細胞の働きを助ける細胞にmRNAが取り込まれ、BDNFタンパク質を分泌した
・BDNFmRNAを投与したマウスでは、ミエリン組織の割合が無治療マウスより有意に高かった
・BDNFmRNAは運動機能を回復させるだけでなく、脊髄損傷による免疫反応を抑える
神経栄養因子であるBDNFをコードするmRNA投与によって、脊髄損傷マウスの運動機能に回復を認めたという結果から、細胞移植を必要としない神経再生医療への応用が期待されます。
・・・と期待を寄せる一方で、小さな疑問が1つあります。
こちらの記事でも触れていますが、mRNA医薬を分泌型タンパク質の投与に使う場合、リコンビナントタンパクとの差別化がポイントになる、と位髙先生がセミナーでおっしゃっていました。
今回報告されている脳由来神経因子BDNFは分泌型タンパク質なんですよね。リコンビナントBDNFと比較した考察などについては、今後発表されるのでしょうか。(調べた限りでは見つけられませんでした)。
私ももっと勉強して、詳しいことがわかりましたら報告します。
【参考】
「メッセンジャーRNA医薬を用いた脊髄損傷の新たな治療法を開発」―神経機能修復・再生療法への応用に光!―
「脳機能を高める分泌性タンパク質、脳由来神経栄養因子:BDNF」環境が制御する道具としての、気力と記憶