DNA修復の仕組みをわかりやすく解説!
正常な細胞に傷が生じ、傷が蓄積されていくとがん細胞になりますよね。がんは、遺伝子のエラーから発生しています。
生き物の遺伝子には、毎日たくさんの複製エラーや損傷が発生していますが、すべてががんになるわけではありませんよね。それは、DNAの間違いや損傷を修復する仕組みが備わっているからです。
では、DNAの間違いやDNAが受けた損傷は、どのように修復されているのでしょうか?
今回は、一見すると複雑でわかりにくいDNAの修復機構をわかりやすく解説します。
目次
ある翻訳者の話からDNA修復を学ぼう
ここで、ある翻訳者Aさんのお話をします。
この数行を読むことで、DNAの修復機構が驚くほどわかりやすくなりますので、ぜひ一読ください。
Aさんは取引先からある文書の翻訳を依頼されました。今回の翻訳は3日あれば終わりそうな分量です。
~翻訳開始~
早速、翻訳を開始しました。ある一文を訳したとき、Aさんは「会議は延期された」とすべきところ、「会議は塩基された」とタイピングしてしまいました。入力後、Aさんはミスにすぐ気づき、「塩基」を「延期」に修正。次の文に進みました。
~翻訳完了!次はチェック~
2日で翻訳は一通り完了。さあ、これから見直しです。訳文を印刷し、赤ペン片手に一文ずつチェックしていきます。
Aさんは、「専門科に話を聞いて、詳細を決める」にミスを発見。「専門家に話を聞いて、詳細を決める」に修正しました。
見直しは完了。これで納品です。
Aさんが翻訳したのは、ある工場の移転をめぐって専門家を呼ぶことになっている、某州が予定している会議に関するものでした。会議は米国で行われるので、日本人参加者のために日本語への翻訳が必要だったのです。
~納品してから数日~
1週間後。取引先より電話がありました。工場の移転計画が一部変わるとのこと。先日翻訳した訳文をベースに、新しい文書を翻訳してほしいと依頼を受けました。
Aさんは早速翻訳開始。前回の訳文の4~5行を修正すればよいことがわかりました。
1日でささっと翻訳して見直し。翌日、Aさんは納品しました。
DNA修復の仕組みは翻訳者Aさんがやったことと同じ
DNAが間違いや損傷を修復する仕組みは、Aさんの翻訳プロセスととても似ています。
Aさんの作業を時系列でまとめると、
・翻訳中に、ミスに気づき修正した。
・翻訳後に、ミスに気づき修正した。
・翻訳後しばらくして、内容が変更になり、一部を修正した。
DNA修復の仕組みを見てみると、
・DNA複製中に、DNAのエラーを修正する(DNA校正機構)
・DNA複製直後に、DNAのエラーを修正する(ミスマッチ修復機構)
・DNAが損傷を受けたときに、損傷を修正する(他の修復機構)
これを深掘りします。
DNA校正機構
DNA複製(合成)と同時に間違いを直す仕組みがDNAの校正です。
DNAポリメラーゼによる複製時、鋳型と相補的な塩基を持つヌクレオチドが新しいDNA鎖の3’末端に付加されます。上図のように、鋳型のGに対して、誤ってTを付加すると、ポリメラーゼが誤りを認識し、Tを取り除いて正しいヌクレオチドを付加します。
このように、DNAポリメラーゼによる校正は、DNA複製中に行われます。
翻訳者Aさんの例では、翻訳中に訳語の誤りに気付いて修正する工程に該当しますね。
ポイント
DNA複製と同時に間違いを直すのが、DNA校正機構
ミスマッチ修復機構
DNAポリメラーゼは優秀ですが、複製中に誤りを見落とすことがあります。
その場合、DNA複製直後に、ミスマッチ修復機構がDNAポリメラーゼの見落としていたミスマッチを見つけて、修復します。
するとこんな疑問がわいてきます。
私たちは「G」が誤りであることを知っています。しかし、DNA複製完了後に、GとTのどちらが誤りなのか、ミスマッチ修復機構はどのようにして認識するのでしょうか?
これは原核細胞、真核細胞それぞれに異なるサインがあるおかげなのです。
原核細胞の場合
原核細胞では、DNA複製後に古いDNA鎖はメチル化されているのに対し、新しく合成された鎖はまだメチル化されていません。ミスマッチ修復機構は、DNA鎖の非メチル化を新しい鎖の目印として、除去すべき塩基がどちらであるか判断しています。
真核細胞の場合
真核細胞では、新しい鎖だけに現れるニックという切れ目が目印となると考えられています。
ミスマッチ修復機構は、翻訳者Aさんの例では、翻訳後のチェック時に誤訳に気付いて修正する工程に該当しますね。
ポイント
DNA複製直後に間違いを直すのが、ミスマッチ修復機構
ほかの修復機構
DNAの損傷は、複製中にだけ起こるわけではありません。複製後も、私たちのDNAは紫外線や化学物質やX線など、さまざまな刺激にさらされています。
翻訳者Aさんの例で、仕事が完了した納品後であっても、依頼者の変更依頼によって再度訳文を修正したように、DNAは複製後に生じた損傷を修復する仕組みを備えています。
修復機構には先ほどのミスマッチ修復機構も含まれますが、ここでは、修復が行われるタイミングで分けて考えます。
ミスマッチ修復機構→DNA複製直後に行われる
その他修復機構→細胞周期を通じて行われる
ここで述べる修復機構には、次のものが挙げられます。
- 直接復元
- 除去修復(塩基除去修復とヌクレオチド除去修復)
言葉だけ見ると、わかりづらいですよね。最初にざっくりしたイメージをお伝えすると、
会社で、
- 重要書類に誤記が発覚。すぐに書類を訂正するのが直接復元。
- 不正を働いた従業員の解雇が塩基除去修復。
- 業績の悪いプロジェクトを見直し、中止するのがヌクレオチド除去修復。
こんなイメージです。
1つずつ見ていきます。
直接復元
DNA損傷の中には、損傷をもたらす原因となる化学反応を除去するだけで修復できるものがあります。
例えば、グアニン(G)はシトシン(C)と対合しますが、グアニンがメチル化されると、チミン(T)と誤対合してしまいます。この場合、メチルグアニンのメチル基を除去することで、DNAを復元できます。このように、余計に付加された官能基を酵素で除去することでDNAを復元する仕組みを直接復元といいます。
直接復元の対象となる損傷には他に、チミン二量体があります。
紫外線によって、隣接するチミン塩基同士が共有結合を形成して二量体を形成することがあります。チミン二量体ができると局所的に塩基対合の構造がゆがみ、DNAの転写や複製ができなくなります。チミン二量体は、DNAフォトリアーゼという酵素によって修復されます。これも直接復元です。
ポイント
原因に直接アプローチするのが直接復元
塩基除去修復
直接復元は、原因となる化学反応をなくすことでした。
これに対し、塩基除去修復は、原因となる塩基を除去する修復機構です。
DNAに自然に起こる損傷として、脱アミノ反応があります。シトシンが脱アミノ化すると、ウラシルに変わります。
DNAの複製では、UはAと対合するため、このままにしておくと変異を生じてしまいます。
そのためには、原因となる塩基(ここではU)を除去しなければなりません。
DNAグリコシラーゼという酵素が間違った塩基を見つけ、切り取ります。そこへ、別の酵素が正しい塩基を加えて修復します。DNAポリメラーゼが1塩基分だけのDNA合成を行い、DNAリガーゼがDNA鎖を結合させて修復が完了します。これが塩基除去修復です。
ポイント
原因となる塩基を除去するのが塩基除去修復
ヌクレオチド除去修復
細胞の中では、小さな塩基の損傷だけでなく、大きなDNA損傷も発生します。この場合には、より大きいDNA断片を切り取る修復機構があります。これがヌクレオチド除去修復です。
直接復元のところで説明したチミン二量体は、ヌクレオチド除去修復によっても修復されます。
二量体が検知されると、二量体を含む周囲の数個のヌクレオチドがまとめて切り取られます。DNAポリメラーゼが正しいヌクレオチドで置換し、DNAリガーゼが結合させます。
塩基除去修復がピンポイントな修復なのに対し、ヌクレオチド除去修復では、エラー塩基とその周囲の塩基を含むヌクレオチドがごっそり除去されます。
ポイント
原因箇所を含む範囲をまとめて除去するのがヌクレオチド除去修復
ここまでのまとめ
いろいろな修復機構が登場するので混乱しますよね。
ここでの着目ポイントは、いつ修復が行われるか?という点です。
ここまで見てきた修復機構にはある共通点があります。それは、一本鎖DNAで起こる修復機構ということです。
DNAは相補的な2つの鎖からなりますので、片方に間違いが起きても、正しい一本鎖をもとに修復できます。では、二本鎖が同時に損傷した場合はどうなるのでしょうか?
二本鎖切断(DSB)を修復する仕組み
細胞にとって特に怖いDNA損傷は、二本鎖が同時に壊れることです。このような損傷は、放射線照射や、複製中の事故、強い酸化剤などによって生じます。これを修復しないと、遺伝子が失われてしまいます。
二本鎖切断を修復する機構には二種類あり、非相同末端結合と相同組換えです。
非相同末端結合(non-homologous end joining、NHEJ)
非相同末端結合は、切断された末端同士をつなぎます。
これはやっつけ仕事に近いものです。切断は修復されますが、結合部位のヌクレオチドがいくつか失われたり、追加されたりします。そのため、変異が生じるのを回避できません。
しかし、哺乳類ゲノムの場合、重要な情報を含む部分は少なく、染色体を失うよりはまだまし、ということで、壊れた染色体を修復させる方法として存在しているようです。
相同組換え(homologous recombination、HR)
非相同末端結合では、損傷部位にある遺伝情報を失うことを避けられません。そこで、他の二本鎖DNAの力を借りて、切断を正確に修復する相同組換えがあります。
傷のないDNA二本鎖がやってきて、鋳型となることで損傷したDNA二本鎖が正確に修復されます。
相同組換えは、切断された部分を修復するにあたり別のDNA鎖を鋳型とするため、鋳型となるDNA鎖と修復対象のDNA鎖は極めて似た塩基配列をもたなければなりません。
もし鋳型となるDNA鎖の塩基配列が異なる場合、このDNA鎖を鋳型に修復すると、異なるDNAが合成されてしまうからです。
非相同末端結合と相同組換えはいつ行われる?
相同組換えは極めて似た塩基配列を必要とするため、複製された二本鎖がまだ近くにある時、つまり複製中や複製終了直後に行われます。
これに対し非相同末端結合は、細胞周期を通じて使うことができますが、末端部分の遺伝情報が失われる危険性があります。そのため、相同組換えを行えない姉妹染色体が存在しないときや静止期に必須の修復機構であると考えられています。
まとめ
DNAの修復機構について2点で分けて整理することで、私は理解しやすくなりました。
どのタイミングで行われる修復なのか?
一本鎖と二本鎖どちらの修復なのか?
タイミングで分類したのがこちら
一本鎖か二本鎖かで分類したのがこちら
本記事で取り上げた塩基除去修復、ヌクレオチド除去修復、ミスマッチ修復を解明したリンダール博士、サンジャル博士、モドリッチ博士は、2015年にノーベル化学賞を受賞していますね。「化学賞」である理由は、DNA修復機構を試験管内で再現したという分子レベルでの解明だったからなのですね。
今回はDNA修復の仕組みをわかりやすく解説することを意識しました。実際はもっと複雑で、他にも修復機構があります。参考になれば幸いです。
この動画がわかりやすいです。
※アイキャッチ画像の出典:gmwatch.org
【参考】
タンパク質リン酸化を介したDNA二重鎖切断修復制御のメカニズム