再生医療におけるスフェロイド形成に関する各技術をご紹介(クアーズテック/AGCテクノグラス/Kugelmeiers)
iPS細胞を医療に応用するためには、iPS細胞を効率よく大量に培養し、かつ目的とする組織に短時間で分化・誘導させる必要があります。
そのために、大量かつ均一なスフェロイドを形成する技術が開発されています。
スフェロイドとは細胞が凝集した細胞塊のことで、ES細胞やiPS細胞などを浮遊培養すると、三次元構造であるスフェロイドを形成します。
従来のシャーレに接着させる平面培養では均一なスフェロイドを得るのが難しく、現在は、浮遊した状態で、大きさも制御できるスフェロイドの形成技術が開発されています。
今回は、スフェロイド形成用培養容器を開発している企業3社の技術をご紹介します。
目次
スフェロイド形成における課題
スフェロイド形成における課題には主に、次のものがあります。
・未分化な状態を維持する
・均一な大きさのスフェロイドを大量に作製する
・培地交換時の別のウェルへの流出/ピペッティングによる誤吸引を避ける
・培地交換が可能である
これに関して出されている特許をいくつかご紹介します。
細胞損失・波立ち・誤吸引を防ぐクアーズテックの培養容器
クアーズテックの培養容器のポイントは次の3点。
・細胞の損失を防ぐ
・培養液の添加時に液の波立ちを防ぐ
・培地交換時に細胞の誤吸引を防ぐ
(特許:特開2018-143168)
これは従来の細胞培養プレートを示した図です。
細胞がウェル内の培地で増殖し、スフェロイドを形成します。
培養する細胞やウェルは非常に微細なため、ピペッティング作業で培地を交換する時に、誤ってウェル内の細胞を吸引してしまうことがあります。
これを解決するために、上図のように容器の側壁部に台(赤丸の箇所)を形成し、細胞のある面と台の間に十分な幅を形成したプレートがあります。
この形状であれば、細胞のある面とピペット先端が十分に離れているため、ピペットの先端が台に触れて培養液を吸引する際、細胞を誤吸引することはありません。
しかし、この構造には1つ問題があります。
培養液を吸引する時は良いのですが、細胞を播種する時、台の隙間に細胞が集まりやすくなることです。
播種された細胞すべてがウェル内に落ちるのではなく、一部の細胞が台にとどまってしまう問題があり、スフェロイド形成率低下につながります。
クアーズテックはこの問題を解決するために、台ではなく、傾斜面を設けました。
傾斜面にすることで、播種された細胞はウェルに滑り落ち、効率的に細胞をウェル内に集めることができます。
さらに、各ウェル間に存在する平坦な面には、表面に細胞非接着性膜を形成させているので、細胞はウェルでない部分に接着しにくくなり、ウェル内に細胞が集まりやすくなります。
また、従来の形状では、培養液を交換する時に、新しい培養液を添加するときに、角(赤丸の箇所)に液が衝突して、液が波立ち、細胞がウェルの外に出てしまうことがありました。
この問題も、傾斜面とすることで、添加された培養液が角に衝突して液が波立つことはなくなりました。
クアーズテックのプレートでは、ウェルとウェルの間に平坦な面が形成されていましたね。平坦な面には、細胞が接着しにくいよう工夫がされていますが、より確実なのは、ウェルとウェルの間に平坦面がないことだと言えます。
これを実現した、AGCテクノグラスによる培養容器を次にご紹介します。
ウェルが培養面に隙間なく形成されたEZSPHERE
AGCテクノグラスの培養容器のポイントは次の7点です。
・細胞の損失を防ぐ
・スフェロイドを形成しやすい
・スフェロイドを回収しやすい
・均一なスフェロイドを形成できる
・大量培養が可能である
・形成したいスフェロイドの大きさを制御できる
・培地の交換頻度を低減できる
(WO2017/047735)
AGCテクノグラスが開発したスフェロイド形成培養容器EZSPHEREは、ウェル間に平坦な部分がありません。
上図のように、ウェルが培養面に隙間なく壁まで均一に形成されていますね。
ウェルとウェルの間に隙間がないため、細胞がウェル間に留まることがなく、細胞の損失を防いでいます。
直径85mmの円板状の培養面に14200個のウェルが敷き詰められています。すごく微細なのがわかりますよね。1つのウェルにスフェロイドが1つ形成されます。
また、培養面には細胞が接着しにくいように、細胞非接着性膜が形成されています。細胞は培養面には接着せず、細胞同士が凝集してスフェロイドを形成します。
また、細胞非接着性膜によって、スフェロイドを取り出しやすくなっています。
このほか、培地交換や容器の運搬時に、培養液の流動を抑えるために、上図のように容器に仕切り部が設けられています。
こうすることで、細胞やスフェロイドが別のウェルに飛び出すのを防いでいます。
仕切り部は、格子状に形成することも可能です。
仕切り部に上図のようにスリットを形成することも可能で、下端部側だけが開口したスリットにすると、培地の流動をより低減できるようです。
AGCテクノグラスのEZSPHEREは、上記技術によって、培養面全体に微細なウェルが形成され、かつ低接着性の特殊コーティングが施されているため、大量かつ均一なスフェロイドを形成することができます。
均一なスフェロイド形成の肝となるウェルの大きさは、CO2レーザの出力と照射速度を一定にすることで実現しています。
EZSPHEREはCO2レーザの出力や照射位置などの照射条件を変えることで、ウェルの大きさや深さ、高さなどを変えることができます。これによって、形成するスフェロイドの大きさを制御することができます。
これは、iPS細胞を目的の細胞に分化させるうえで、非常に重要なポイントといわれています。
EZSPHEREを用いた実験で、ウェルあたりの播種細胞数が多い場合(1000個)と少ない場合(400個)とで、大きさの異なるスフェロイドを形成させ、分化させました。結果、大きなスフェロイドが短時間で神経幹細胞に分化することが見出されました。
分化させたい細胞が何かによって、スフェロイドの大きさを制御しなければならないということですね。
スイスのKugelmeiersによる細胞培養容器Spherical plate 5D
EZSPHEREのように、ウェルとウェルの間に隙間がない細胞培養容器Spherical plate 5Dが、スイスのベンチャー企業Kugelmeiersからも開発されています。
Kugelmeiersの培養容器のポイントは次の5点です。
・スフェロイドの大量培養が可能
・細胞の損失を防ぐ
・均一なスフェロイドを形成できる
・未分化な状態を維持する
・培地交換が可能である
(US8911690)
赤枠で囲んだ8ウェルに、特許を取得しているマイクロウェルの技術が使われています。
市販品では、特許技術が計12ウェルに使われており、各ウェルあたり750個のマイクロウェルがあるため、プレート1枚で9000個のスフェロイドを作製できます。
Spherical plate 5Dのマイクロウェルは角錘型で丸底になっており、細胞同士の相互作用や分化には、ウェルの形状と表面特性が重要だとしています。
明細書にも、スフェロイド形成を支持するために、角錐型で丸底の形状がベストであるとされています。
私の理解が間違っていたら申し訳ないですが、
上図で青色で囲んだ部分の長さを15μm未満とすることで、細胞がウェルとウェルの間に留まることを防いでいます。
Kugelmeiersの特許明細書によると、Spherical plate 5Dのポイントは次の4点です。
・分化を最低限に抑え、均一なスフェロイドを形成できる秘訣はウェルの形状にある。
・マイクロウェルの数が多いから大量のスフェロイドを形成できる。
・ウェル間に隙間がなくすことで、細胞がウェル以外の部分に留まるのを防いでいる。
・培地交換が可能である。
明細書の図面から、どうしても理解できない箇所がありました。
最後の培地交換です。
明細書を読む限り、Spherical plate 5Dはインサートをつけたり外したりできる培養容器なのですが、どのように培地交換するか理解できませんでした。
インサートを使うことで、単一細胞がウェルに落下していき、これによって細胞の損失を防いでいます。そして、培地交換時にはインサートを取り外す、とあります。
しかし、図面を見てもイメージできませんでした。
7月の再生医療展で水戸工業のブースにSpherical plate 5Dが展示されますので、現物を手に取って疑問を解消してきます。
ちなみに、明細書では既存技術との比較でStemcellのAggrewellが登場します。
Aggrewellは写真からわかるように、角錐型で底部が尖っていますよね。この形状だと、細胞の運命を制御するモルフォゲンが放出され、分化を制御できなくなる可能性があるようす。
来月の再生医療展にはAggrewellは展示されず残念ですが、とてもわかりやすい動画がありました。
まとめ
Spherical plate 5Dについて疑問を残したままで申し訳ないですが、今回はスフェロイド培養容器を取り上げました。
スフェロイドは細胞が集合して立体的な構造を形成し、細胞同士が相互作用しているため、平面培養と比べ、生体により近い特性を示します。
スフェロイドを形成する場合、
・未分化な状態を維持できるか
・均一かつ大量に培養できるか
・細胞の損失を防げるか
・スフェロイドを回収しやすいか
・培地交換ができるか
・スフェロイドの大きさを調整できるか
などがポイントになることがわかりました。
iPS細胞やMSC(間葉系幹細胞)を医療に応用するためには、インフラとなる培養容器にクリアすべき課題が多く存在することがわかりました。
再生医療で特にわかりづらいと感じていた培養容器について、少し理解が進みました。
来月の再生医療展に参加後に、改めてご紹介します。
【参考】
特開2018-143168(細胞培養担体)
WO2017/047735(細胞培養容器)
US8911690(Devices for the production of cell clusters of defined cell numbers and cluster sizes)
※アイキャッチ画像の出典:Kugelmeiers
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