【進化したバイオプリンティング】組織を30秒以内にプリントするVolumetric Bioprintingを解説【ユトレヒト大学】
複雑な生きた組織を数秒でプリントできる技術が開発されました。
ユトレヒト大学の研究グループによる報告で、2019年8月のAdvanced Materialsに掲載されました。
>>Volumetric Bioprinting of Complex Living‐Tissue Constructs within Seconds
論文は上記URLより全文をご覧になれます(別ぺージが開きます)。
今回はこの論文をご紹介します。
本記事の内容
●Volumetric Bioprinting法の何がすごいのか
●ほかの3Dプリンティング原理とその課題
●Volumetric Bioprintingの基本原理
●研究の流れ
●注目ポイント
これまでの3Dプリンティングでは常識であった「一層一層つみあげていく」やり方を根本からくつがえす、まさに進化した3Dプリンティング。
2018年に論文が発表されていましたが、今回のポイントは再生医療に応用したこと。
時間・密度・サポート材という課題をクリアしています。
では、さっそく見ていきましょう。
目次
Volumetric Bioprinting法の何がすごいのか
ポイントは次のとおりです。
●すぐに作れる
●基本単位となるボクセルを順次積層させる仕組みではない
●数秒~数十秒で任意のサイズと形状の構造体を造形できる
ユトレヒト大学の研究論文によると、数センチの耳をわずか22.7秒で造形しています。
30秒かからずに数センチのものを造形できるのは驚愕ですよね。プリント完了後は、あまったレジンを流せばよくて、サポート材を使わないのも特徴です。
動画で数秒で造形される様子をご覧になれます。
詳しく見ていく前にまず、これまでのバイオプリンティングの原理について簡単に触れておきます。
ほかの3Dプリンティング原理とその課題
バイオプリンティングで代表的なものとして、押出し法、光造形法があります。
押出し法(Extrusion-Based Printing)
家庭用3Dプリンタでおなじみの原理で、ソフトクリームやミルクレープのように一層一層を積み上げて立体にする方式です。
光造形法
液体レジンに光を照射して固めていく方法で、主にSLAとDLPの2つの方式があります。
SLA
SLAでは、2つのミラーを使ってレーザー光線を走査させます。
Digital Light Processing(DLP)
DLPはプロジェクターと同じ原理で、一度に各層を画像として投影します。
DLPでは、ボクセルという立方体の最小単位を積み上げて立体物にしていきます。ボクセルとは、二次元画像におけるピクセルに相当するものです。
上記3つの方式に共通することは、一層ずつ積層していくこと。
光造形では光で材料を硬化させ、押出し法では材料を溶かして押し出しますが、どの方法も「一層ずつ」積み上げていくのが特徴です。
一層ずつ積み上げるゆえに、これまでのバイオプリンティングには次の課題がありました。
従来のバイオプリンティングの課題
プリント速度が遅い
高密度の造形が難しい
サポート材が必要
1つずつみていきます。
✔プリント速度が遅い
プリント速度が遅いことは、時間がかかるということです。
工業や家庭で使う場合は、時間がかかっても造形物そのものへの影響はありませんが、バイオプリンティングでプリントするのは生きた細胞です。
プリント時間が長くなると、細胞の機能を損なうおそれがあります。
✔高密度の造形が難しい
上記で説明した押出し法、光造形法のほかにも、バイオプリンティングの方式はあります。
👇過去記事
>>バイオプリンティングの原理、各方式のメリット・デメリットを解説
これまでの代表的な4つ(押出し法、光造形法、インクジェット、レーザー転写方式)の中で、高い細胞密度を実現できるのは押出し法ですが、論文によると、Volumetric Bioprintingは押出し法よりも高密度を実現できます。
✔サポート材が必要
家庭用3Dプリンタをお使いの方ならイメージしやすいと思います。3Dプリンタで造形するとき、垂れるのを防止するためにサポート材も同時にプリントしますよね。
バイオプリンティングでも同様です。ごく最近の研究からご紹介すると、カーネギーメロン大学の研究グループが押出し法で心臓の弁や血管などのプリントに成功しました。
👇過去記事
>>バイオ3Dプリンタでヒトの心臓作製実現に近づく研究成果【カーネギーメロン大学】
この研究ではコラーゲンから心臓部位のプリントに成功しているわけですが、コラーゲンを特殊なハイドロゲルがはいった槽に押し出しています。ハイドロゲルが、押し出されたコラーゲンを支える役割を担っています。
ユトレヒト大学の論文で報告されているバイオプリンティングでは、サポート材を使用していません。
一体どんな原理なのか、次にみていきます。
Volumetric Bioprintingの基本原理
簡単にいうと、手でさわれるホログラフィック画像です。
スターウォーズやアイアンマンなど映画で登場する技術ですね。実際はそこにないのに、立体画像が目の前に映し出される現象です。
※厳密な定義は少し違いますが、ここではイメージを持ってもらうためにかみ砕いて書いています。
Volumetric Bioprinting法は、ホログラフィック画像を手でさわれる実物にかえるイメージです。
このように、多方面から2次元の光をレジンに連続して照射し、照射された部位のレジンを硬化させます。このプロセスが同時に行われるため、これまでの方式よりも早く造形することが可能なのです。
実はこれ、医療用CTの逆の原理です。
CTでは、身体を輪切りにした画像を見ることで、身体のどこに病巣があるかを調べますよね。
チョコパン好きな子どもが、パンの中のどこにチョコチップがあるか知りたくて、パンを細分化するのと似ています。
これに対し、Volumetric Bioprinting法は輪切りになった2次元画像から3次元立体を作ります。まさにCTの逆原理ですよね。
実際に、CT原理に着想をえて開発されて方法のようです。
さまざまなパターンの2次元画像に相当する光を照射すると、照射された部分のレジン(感光性ポリマー)が硬化して、3次元形状ができあがります。
それぞれの硬化が同時に起こるため、これまでの3Dプリンティングよりも速くプリントすることが可能です。
Volumetric Bioprinting法は別名、トモグラフィー3Dプリンティング、ホログラフィック3Dプリンティングとも呼ばれます。
このようにしてVolumetric Bioprinting法は、これまでの下記課題をクリアしている、進化した3Dプリンティングですね。
Volumetric Bioprinting法が解決する課題
プリント速度が遅い➡数十秒で完了
高密度の造形が難しい➡可能
サポート材が必要➡不要
フィラメントを溶かして押し出す家庭用3Dプリンタ、バットにレジンを流して、光をバットの下から照射して硬化させる光造形3Dプリンタと比べると、本当の「3D」プリンティングという気がしますね。
研究の流れ
Volumetric Bioprintingが報告されたのは今回が初めてではなく、2017年には報告されていました。
私が確認できた論文は2018年のもので、医療モデルをはじめとする医療機器の開発を対象としていました。
>>Volumetric 3D printing of elastomers by tomographic back-projections
注目ポイント
次の4つが主な注目ポイントです。
●高い細胞生存率
●速いプリント速度
●サポート材不要
●細胞を傷つけない
論文から1つずつみていきます。
✔高い細胞生存率
細胞生存率はほかの方式(押出し法、DLP法)と変わりません(下図右)。
上記グラフの左と中央は、Volumetric Bioprinting法で作製された細胞の生存率が85%より高かったことと、7日経過した時点で代謝活性が高まっていることを示しています。
材料は、光応答性ハイドロゲルに、光重合開始剤としてフェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィン酸リチウム(LAP)を使用しています。
光重合開始剤の濃度が高すぎると、毒性が高まるリスクがあるとされています。
論文によると、これまでのバイオプリンティングで使用される光重合開始剤の濃度よりもかなり低い濃度(質量パーセント濃度0.037%wt)ですむため、高濃度で使用することによる毒性リスクを低減できます。
✔速いプリント速度
下記グラフ(右上)は、Volumetric Bioprinting法、押出し法、DLP法でプリント速度を比較したグラフです。
※Scaled1、2、3はサイズが異なるものを示しています(数字が大きくなるにつれてサイズは大きくなっています)。
Volumetric Bioprinting法では造形サイズに関わらず、プリント時間はすべて22.7秒であるのに対し、押出し法、DLP法ではサイズが大きくなるにつれて、プリント時間が長くなっていますね。
下の写真(C)からは、Volumetric Bioprinting法が短時間でプリントできるのにも関わらず、表面が滑らかで積層跡が見えないことがわかります。
✔サポート材不要
たとえば、下記の構造は、従来の方式ではサポート材を必要とするのですが、Volumetric Bioprinting法ではサポート材が不要です。
つまり、押出し法、DLP方式の場合、サポート材なしでは実現しえないモデルを、Volumetric Bioprinting法ではサポート材なしで実現できるというわけです。
✔細胞を傷つけない
Volumetric Bioprinting法はノズルやニードルを使わないため、押出し法やインクジェット法で報告されているせん断応力による細胞損傷や、表現型変異のリスクがありません。
また、MSCを担持した骨梁モデルのプリントにも成功しています(下記写真)。
Further building on these results, an anatomical trabecular bone model laden with mesenchymal stromal cells (MSCs) was bioprinted using a µCT scan of a bone explant as a blueprint
(略)
Generation of the trabecular architecture and the convoluted, interconnected porous network, goes beyond what can be created with conventional extrusion‐based bioprinting.(論文より)
骨梁とは骨のスポンジ構造のことで、このような入り組んだ構造を押出し法で再現することはできません。
Volumetric Bioprinting法が創薬スクリーニングや再生医療でどのように応用されていくか楽しみですね。
理解を深めるのに映画がおすすめ➡『アイアンマン』など
Volumetric Bioprinting法の原理をイメージするには、ホログラフィが登場する映画を見るのがよさそうですね。
私も『アイアンマン』や『スターウォーズ』を見てみようと思います。
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※アイキャッチ画像の出典:映画『アイアンマン』
【参考】
Volumetric Bioprinting of Complex Living‐Tissue Constructs within Seconds
Volumetric 3D printing of elastomers by tomographic back-projections